紹介:詩人秋野さち子(従叔母)の詩

金子みすゞと同世代の西城八十門下の詩人の詩を紹介

詩人秋野さち子の詩紹介

奇しくも今のコロナ禍に匹敵する大正のスペイン風邪で父(僕の祖父)を失った12歳の僕の父が独り京城の叔母の嫁ぎ先中村家に渡り、そこの兄弟姉妹と一緒に育て貰ったので僕には本当の叔父叔母に当たる。その一番若い叔父中村秀雄氏が秋野さち子の夫君であった。2004年11月12日92歳で亡くなった後、秀雄叔父が心血を注ぎ全詩集を上梓した。本稿は先行きを悟った僕が最後に伝えておきたい詩人秋野さち子の作品の数々である。

夢雪
曇り日かとばかり
めしひた白い午後の日射し
おしろい花のうす紅も色あせて
丈高いひまわりと
カンナの赤いうなじのほとり
湿度高い風が行く
のろのろと舌たれた犬のうしろから
幅廣いマントひろげた熱い風
あ、雪

チラ チラ と雪が来た
白けた木々の葉の上
夏草の茂みの上
うす白く土を覆ひ
雪 雪が
サヤサヤと少しななめに
とじた瞳の上に次第に強く落ちて来る

この薄明かりはあさあけか
夕ぐれでもかまわない
満天にそよぐ星の風
美しい階段を登ってゆく
これはハンネレの昇天に似てゐないか

憤りもかなしみをも
遠ざけることのなんといふたのしさか
まさぐる冷たさと清けさを
世の中の浄化になどとは考へない
心の時間の外にある
このひとときのしじま
(詩集「白い風」1954より)