紹介:詩人秋野さち子(従叔母)の詩

金子みすゞと同世代の西城八十門下の詩人の詩を紹介

20220121未完詩集Ⅰより  冬の月

  蒼い冷たい空に

  厳かに歩む 冬の月

 

  冷たい理性の如き

  青い光を地上になげ

  鋭いメスのやうに人の心をさす

 

  思わずも その鋭さに

  頭をたれるとき

  月は・・・・・・

  冷たい笑みをうかべ 西に歩む

 

 

 

 

20210218 詩集(夕茜の空に)より

  黙して語る詩を

夏負けで咲かなかった朝顔
冬近くなって
命の勤めそのままに 褒められることもなく
ひたすら咲きつづけたという

わたしのいのちは勤めをおこたり
砂山の陰に横たわっている
いくたびも脳を 胸を 骨を輪切りにして
CTスキャン
わたしのいのちのかけらを見つけたか

今見ている地平線にたどりついたら
次の地平が見えてくるだろう
地球は丸いのだから盡きることなく
いのちのかけらは
ひたすら歩いてきたが
あの砂山を超えたら海が見えるか

海のむこうでは
多くの人がとらわれたり
難民のいたましい生き死にが見えたり
砂に坐した胸をえぐる

それでも朝顔
命の勤めを果たしたあなたのように
私も歩いてゆかねばならない
そうして 海が見えたら
胸の蒼は黙して開き
黙して語る詩を
透明な虹の香りで空に掲げよう。

 

20210215[夕茜の空に]より

海も砂漠も
波が黒くゆらめき
水鳥は油ぬめりを振るい落とそうと
身をふるわせる
見はるかす砂漠の遠景に
音もなく歩む捕虜の一列の影絵は
非現実なモノクロームの虚像

油にまみれた水鳥は ジュゴンは 海亀は
種族を残して生き続けられるか
砂にまみれて死んだ兵士に帰還はない
生き損なうより
死に損なった捕虜の胸に
どんな叫びが籠っているか

戦争は終わったと誰かが言ったが
戦争は終わっていない
黒鳥になった水鳥のすべての羽が
澄んだ水で濯がれるまでは
捕虜であった人の心の足裏の
熱砂のほてりが消えるまでは

今日も砂漠は
言葉のままの紅蓮の海だから―

 

 

20210210詩集(夕茜の空に)より

    黄梅
葉にさきがける花びらは
痛みというものを知らないだろうと
思わせる あどけない黄色
この冷たさ中に開く
小さい小さい花のりりしさは
黄梅の名に恥じないものと思った時
たわんだ細い枝に整列した花達が
ブルンとゆれて
  私は梅ではありません
  六弁の梅がいたら逢わせて下さい
  小さくても 似ていても
  黄色いほのおに
  私だけのおもいをこめてています、と

 おお、そうでした
黄梅という名にわたしは捕らわれていた
痛みを知らないだろうとか
あどけないとかなどと言われても
あなたはみんな知っているのだ
生まれてきた道も
散る花びらのうすれゆく虹の心も
虹の向こうの大きな嘆きの潮騒
聞く耳を持っているのだ

合わせた掌の中に黄梅の澄んだ声が
笛の音のかすかな匂いになってただよう

20210204 詩集「夕茜の空に」より

横たわって 海を見る

海を見る
鎌倉の海 能登の海
幾度か渡った 玄界灘
横たわって 海を見る
こういう時はあの海がいい
北風が波しぶきをあげていたオホーツクの海
白い鳥が舞っていた
崖の上から海を見た日
わたしのゆく道は
はるかな夕陽の波の上にあった
崖っぷち それは覗くものだ
横たわっているのだから
ここは崖の底辺
鳥になって翔ばなければならない
北風のするどい切り口に口づけて崖を攀じる

崖は突如
絶壁を雪崩れるけものになる時がある
けものにおそわれ
痛みが喉の渓流をえぐるとき
夕陽が断崖を色どれば
崖は饗宴の竪琴をかなでるだろう
その時 わたしは鳥になれる
はばたき 翔び立ち
燃えつきて 白い風になれるだろう―