紹介:詩人秋野さち子(従叔母)の詩

金子みすゞと同世代の西城八十門下の詩人の詩を紹介

詩人秋野さち子の詩  

秋野さち子全詩集の年譜によると彼女は1912年明治45年に旧北朝鮮に生まれ小学に入学したが東京の兄のもとに来て千駄ヶ谷第2小学校に転校し関東大震災に遭い2年後に同校を卒業した。
4月に朝鮮平壌の両親の元に戻り平壌の高等女学校に入学し、文学に目覚めた。
在学中に父が倒れ石川県大聖寺高女に転校するも父が病死。
 進学が許されず1930年ころから肺浸潤に侵されながら西城八十先生主宰「蝋人形」誌に投稿を始めた。

 「帆」
すでに病みあれば
いゆるを求めず
ひたすらに求めざれば
いゆる事なし

とりどりのなぐさめも
はかなき波の
笑みてうけざれば
風をともなふ

それとても世のならひ
もとより知れり
ひとり泛む
帆はうなづきぬ

悲しみは岸にあり
見守るひとつの眼あれば
帆は白く
病みつつ 今日も

詩集「白い風」1954年より