詩人秋野さち子の詩 Ⅳ(1972~1983)
「入り江に」
一本の樹が燃えつづけている森へ
心は傾いてゆくだけだ
道は腸のように曲がりくねっているが
ゆきつくのは炎の樹
炎はくさび形にゆらめいて
血液の襞にするりとすべり込み
咽喉の奥に蠢いている
白い棘をひきぬいてくれる
海がひらけてきた
夕陽のきらめきが炎に似ているから
森が海に変貌してしまったのか
ふりかえると 森はもう一羽の黒鳥 入江の岸にたたずむと
残照の鮮血が瞳の奥を焦がしはじめた
木もれ陽を縫って森へいそいだ
遠い日のせせらぎが
静かによみがえってくる